初めてスウェーデンに行ったときの噺(5)
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※ 店長と記憶を照らし合わせながら書いているつもりですが、もしかすると記憶違いしている部分もあるかもしれません。でも本筋は合っているハズなので、ご了承くださいませ。
2人のスウェーデン語の先生たちによる贅沢な講師陣の下、本格的にスウェーデン語を勉強し始めた大学2年生後期。
もちろん、本気で勉強を始めたからと言ってスグにスウェーデン語をマスターできる方法なんてありません。この2年生後期の成績は、とりあえず単位を落とさないところから目標に。あわよくば、いい成績で単位が取得できるように…くらいの助走期間として捉えていました。
自分が放課後にスウェーデン語を教えてもらっていた師匠が担当する授業の一つに、「北欧語Ⅱ」というものがありました。この授業は、2年生前半の時点ですでに一度参加していたものの、試験を突破できずに単位を取得できなかったので、もう一度取り直し。
取り直しということは、自分より1つ下の学年の生徒たちに混じって授業を受けることになるわけです。そこに1学年下の店長はいました。当時の自分は大学2年生、店長は大学1年生。
ややこしいことに、自分と店長は同じ文学部ではあるものの、じつは学科が違います。自分の代までは「北欧文学科」であったものが、店長の代から「北欧学科」に改められたのです。正直、どこが違うのかよくわからないけれども、ちょっとカリキュラム(教育課程)が違うのかな。
『店長はいました』と書いたものの、当時は別に積極的にコミュニケーションを取るわけでもないので「なんか、いっつも2人組で行動している1年生がいるな」くらいの認識でした。店長と一緒にコンビを形成していたのは、ミサキチ。
ミサキチはスウェーデンからの帰国子女ということもあり、スウェーデンで暮らしていた経験が活きているおかげでスウェーデン語力がほかの大学生の群を抜いていましたから、そちらの存在の方が印象深かったかな。
ミサキチがグイグイ行くタイプなのに対して、店長は控えめなポジションをキープする目立たないタイプ。そんな印象があるコンビで。
今でも冗談半分に言うのですが、店長は当時から「副委員長キャラ」が際立っていました。実際、自身の経験のなかで副委員長を担当することが何度もあったようですし、もちろん店長が大学時代に所属していたサークルでも副委員長を務めていたとのこと。
振り返ると面白いもので。将来、この3人が同時期にストックホルム大学へ留学することになるわけです。
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