ビョルネン日報

ビョルネン日報@18年11月17日(土)はれ

18年11月17日(土)はれ。今日一日、お店であったあんなことやこんなことだったり、思ったことなどを綴ります。

「御魚ギャラリー」展示内容

店内イベント

今後のガイダンス開催予定日(いずれも16時~17時)
  • 【11月】15日(木)/17日(土)/29日(木)
  • 【12月】01日(土)/08日(土)/13日(木)

店外イベント

今日のリッラ・カッテン

誉め言葉として、着物以外は似合わないと思います

さて、昨日のハナシの続き。なぜ自分が講談師「神田松之丞(敬称略)」の動向が気になるのか。興味ない方には興味ないでしょうけどね。

店にいる間に大半を書いたのですが、先に断っておくと…じつに長い。2日分くらいの文量になってしまった感があるし、特に面白いオチにもなっていないので、「ぜひ読んでください」とは申しません。

まずは講談とは何なのか。自分もほぼ講談を聴いたことがないのですが、齧った知識の範囲でお伝えします。

講談(かつては講釈)は戦国時代終わりから原形ができて、江戸のころに庶民の文化として降りてきたもののようです。講談をイメージしていただくためには、落語をイメージしてもらうのが一番早いでしょう。

落語と講談の違いは、落語は基本的にフィクションであり、講談はノンフィクションであるという点。そして落語は登場人物になりきって噺家が演じることが多い一方で、講談は第三者的な視点からストーリーを語るという点に違いがあるようです。講談には台本があり、基本的にはその内容を覚えて持ちネタとしていきます。

ハナシの内容によっては落語と講談の違いが曖昧なケースも多々あるようで。自分のような素人には両者の違いを判断できない場合もありますし、講談の”世話物”という庶民を扱ったジャンルは落語と見分けが付けづらい場合があるとも。

ただし、出で立ちには明確な違いがあるようで。両者ともに着物を着て高座にのぼりますが、講談師が座る前には「釈台(しゃくだい)」が置かれます。これはかつて、台本を釈台に置いていた名残のようですが、誰だったか台本を置かずに高座に上がるスタイルをはじめたところそれが流行し、いまでは台本を置かないようになったことで釈台だけ残っているらしいです。

そして少し大きい扇子のような道具「張扇(はりおうぎ)」というを携え、ハナシのテンポを取るために張扇で釈台を叩きます。チャンバラトリオのようなハリセンとは少しちがいます(レッツゴー3匹と勘違いしたけど、検索したらチャンバラトリオだった)。

さらに特徴として、「連続物」というカテゴリーがあります。なんと、1日でストーリーが完結せずに次の日、また次の日に続きを演じるというのです。対して1日で完結するものは「一席物」といいます。連続物のなかには10日以上にわたって演じられる作品もあるというところに驚きます。にわかには信じがたい。

江戸時代には落語と講談で娯楽としての人気を分かち合っていたものの、1968年に出版された「講談師ただいま24人(著・一竜斎 貞鳳)」という書籍のタイトルからも伺えるように、講談の人気は凋落してしまいました。

はい、自分の”知識”として仕入れてある講談に対する知識はここまで(正確な数字やチャンバラトリオのクダリは本やネットで補完)。神田松之丞という人物を知る上で、講談という世界はどのようなものかに興味を持ったのでいろいろ調べました(ネットで)。

繰り返しますが、落語や講談をよく聴いているわけではありません。自分なんて、ときどき饅頭が怖いなと思うくらいで、酒を飲んで財布を拾うこともありませんし、会計時に時間を尋ねて支払いをごまかしたことだってないです(白状すると「世には落語を面白いというヒトがいるけれど、自分も落語が好きになれるように頑張ってみよう」と試したことがありましたが、あんまり惹かれるものではなく断念した過去あり)。

そもそも「講談」という話芸が存在していることすら知らなかったので、なぜ落語は生き残って講談は衰退していったのか実に興味深いものだと思ったのです。

で、日本人に忘れ去られそうになった古典芸能である講談界の救世主になるであろうと目される人物が神田松之丞。落語と同様に、講談も『前座』、『二つ目』、『真打』と出世していくシステムなのですが、彼は現在は二枚目という立場。まだ真打でないこの時点で、講談界においては異例ともいえる規模で世の脚光を得ているのです。

それでもすでに修業期間としてこれまで10年以上は講談の世界に身を置いているのですが、ポっと出てきただけの人物というわけでもありません。このことはラッスンゴレライみたいに急激に持ち上げられて急激に落とされるものと大きく異なる点で、それは大事なことです。

以前触れたことのある「絶滅危惧職、講談師を生きる」

講談界に身を置くことになる前から、いろいろな芸能を見て研究を重ねたようです。そのなかにはもちろん落語も含まれていて、彼のなかでは立川談志の存在は偉大だったという旨の内容も著書にも書かれていました。

そして講談が世に認知してもらえるようになるためには自分に何ができるのか。飄々としているように見せながら、とても戦略的な活動を重ねてきた人物です。2013年には落語芸術協会の二つ目11人のユニット「成金」を結成し、そのなかで唯一の講談師として活動をしています。

前置きが長くなりましたが、本題。なぜ自分は神田松之丞が気になるのか。なぜなら日本におけるスウェーデンも、講談と同じような状況に置き換えられるから。

世の中が興味ないことをほぼゼロから認知してもらえるようになるための草の根運動の様子も参考になります。そしてスウェーデン語絵本をはじめとしたお話会も、事実を扱うという点では講談が参考になる要素があると思っています。

一度消滅しかかったと言っても過言ではない講談という芸能にまた注目を集めることに成功した神田松之丞はスゴいです(きっと彼なら、道半ばと表現するでしょうけれど)。

逆に言えば、自分の知り及ばないところで「人気がない」とか「お客さんが来ない」と手をこまねいて嘆いているだけで消えかかっている業界もたくさんあるハズ。そしてその大半はそのまま消えてしまうのが現実なんじゃないかと。

神田松之丞の師匠である神田松鯉

講談界にとってよかったのは、もちろん神田松之丞の存在があったことも当然なのですが、彼の行動にブレーキを掛からなかったことが大きいです。

本の中で神田松之丞本人も「師匠に恵まれた」と語っていますが、彼の師匠は神田松鯉(しょうり)で、メディアから脚光を浴びる松之丞に「囃されたら踊れ」と言っていたようです。いまの神田松之丞の様子を見ていると、本当にいい師匠に恵まれたと思いますよ。

新しいことをしようとすると、たいてい「ヤメた方がいいよ」とか、「うまくいかないんじゃないか」とか、ブレーキを掛けようとする力の存在を非常に強く感じるケースが多いです。ブレーキを掛けることで「自分が止めてやった」という優越感が満たされる感覚が人間にはあるような気がします。

ましてや講談は古典芸能のひとつなので、神田松之丞のやり方に異論を唱える派閥がいてもおかしくはなかったんじゃないかと勝手に想像しています。慣性の法則のように、静の状態を動かすにはとてつもないエネルギーが必要ですから。

ひとつの業界を変えたそのやり方から学ぶべきことだってもちろんたくさんありますし、何よりも一人の人間がここまで大きく業界の変化に寄与できたという事実からの希望も感じます。

いまは「スウェーデン洋菓子店って珍しいですね」という前座のような立ち位置ですが、いつか二つ目として「あのスウェーデン洋菓子店ですね」と認識してもらって、そのうち真打としてスウェーデン洋菓子というジャンルを確立し「ウチが元祖です」と言えるくらいになる日が来るでしょうか。究極を言えば自分の場合、スウェーデン洋菓子でなくてもスウェーデン絵本でもいいのですけれど。

ちなみに。誤解のなきよう明言しておきますが、スウェーデン大好き人間ではないです。ましてや北欧というカテゴリにはあまり興味ありません。でもスウェーデンや北欧の情報や文化を欲している方へ正しい情報が届くようにすることには興味があります。だって、もうここまで来ちゃっているから。

人生でほかにやりたいこともないし、それならそれでどうせやるなら世の役に立った方がいいじゃないですか、というだけなのですけれど。こんなこと書いたら幻滅されるかもしれないけれどもホンネです(幻滅してもらう前提として、まず期待がなくてはならないのだけれども)。

まだいただいた本は読み途中なのですが、周囲の人間に対するインタビューも多数掲載されているので、神田松之丞がどのような人間なのかも客観的にわかるかな。特に神田松鯉師匠のインタビューが読みたい。

そして彼の出演する講談を聴いてみたいという気持ちももちろんあります。とはいえ、こんなミーハーな気持ちの人間が客席の1つを埋めてしまうという後ろめたさも。「おーい、磯野。寄席行こうぜ!」みたいなノリで誘ってくれるナカジマくんみたいな友人が居たら敷居も下がるのでしょうけれど。でも観終わった後にお互いに感想を言い合わなくてはいけない空気も苦手だし、まずはDVDかな。

超長くなりましたが、この本をくださったお客さんに感謝々々です。